岡山地方裁判所 平成3年(ワ)854号 判決 1993年4月27日
原告
島本新一
被告
加島孝一
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告に対し、金二六〇万八二〇〇円及びこれに対する平成二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は六分し、その一を被告ら、その余を原告の各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告に対して、金一九五〇万四四二八円及びこれに対する平成二年四月一八日から完済まで年五分の金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故
平成二年四月一八日午後一一時二〇分頃、岡山市福治八三九―一先国道上で被告加島運転の大型貨物自動車が原告運転の普通乗用自動車に追突した。
2 責任原因
被告加島は前方不注意で追突したものであり、被告会社は被告加島の使用者であつて、同被告が被告会社の業務執行中に本件事故を起こしたのであるから、それぞれ原告の損害の賠償責任がある。
3 受傷と治療経過、後遺障害
受傷
頸部捻挫、左血胸、左一一・一二肋骨骨折、腰椎捻挫、右下腿打撲、血腫。
治療経過
平成二年四月一九日から平成二年五月三一日までの間に五日
吉永町国民健康保険町立病院に通院
平成二年六月一日から平成三年一〇月二九日までの間に三六四日
赤磐郡医師会病院に通院
平成二年四月一八日から平成三年五月二七日までの間に三一六日
ウチダ接骨院に通院
後遺障害
自覚症状
右三、四指の動きが不十分で知覚障害、書字障害等。
他覚症状
右三、四指の知覚障害等。
平成三年一〇月二九日に症状固定
自賠法施行令二条の後遺障害別等級表の一二級の「局部に頑固な神経症状を残す。」に該当。
4 損害
(1) 通院交通費 九万四八〇〇円
ウチダ接骨院の分 一五〇円×二×三一六日
(2) 休業損害 九八八万七八七〇円
原告は当時満六八歳で山陽町の町長の職にあり、当時町長選挙中のところ、本件事故のため町長選挙に立候補したものの満足に選挙運動ができず落選した。
原告は、本件事故のため利き手の右手が不自由となり、町長の任期終了後の平成二年六月一日以降少なくとも症状固定の平成三年一〇月二九日までの間は稼働出来なかつた。
原告は町長としては年額一二二二万七五〇〇円の収入を得ていたものであり、岡山市立工芸学校卒であつたから、町長退職後も、少なくとも賃金センサス平成元年第一巻第一表旧大・新大卒満六五歳以上の年収六七四万五九〇〇円相当の年収を得ることができたものである。
従つて、休業損害は次式のとおり、右掲記の金額となる。
六七四万五九〇〇円÷三六五(=一万八四八二円)×五三五日
(3) 逸失利益 四一二万一七五八円
原告の後遺障害は一二級該当であるから労働能力を一四パーセント失い、その喪失期間は今後五年間であるから、次式のとおり、右掲記の金額となる。
六七四万五九〇〇円×〇・一四×四・三六四三
(4) 慰謝料 三九〇万円
傷害分 一五〇万円
後遺障害分 二四〇万円
(5) 弁護士費用 一五〇万円
二 請求原因の認否
1 1の事実は認める。
2 2の事実は認める。
3 3の事実中、受傷と治療経過は認める(但し、その程度、必要性は争う。)が、後遺障害は争う。
4 4の事実は争う。
三 抗弁
次のとおり填補された。
1 治療費
一〇一万七八一五円
2 内払金
二〇万円
四 抗弁の認否
抗弁事実は認める。
なお、治療費は本件訴で請求していないから控除されるべきではない。
第三 証拠は本件記録中の書証、証人等の各目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1及び2の各事実並びに請求原因3の事実中、受傷と治療経過の事実は争いがない。
二 原告の症状とその推移について
乙第六ないし第二〇、第二二、第三〇、第三一、第三二号証、甲第一ないし第四号証、原告本人尋問の結果によると、以下のとおり認められる。
原告は、事故が深夜のために翌日の四月一九日(平成二年)、吉永町国民健康保険町立病院で受診した結果、頸椎捻挫等の外に、左一一、一二肋骨に骨折があり、左血胸ありと診断されて同月末までの入院の必要があり、そして、一か月半位の安静加療の要があると診断された。原告は当時山陽町長の職にあり、同月二四日告示で同月二九日投票の町長選挙に立候補の予定で、その準備のため多忙で入院する余裕がなく、また、その後は選挙活動や、その後の残務整理等のため、翌五日末までの間に五日同病院に通院して骨折部の固定等の治療を受けた。原告は右選挙で落選後、町長の任期終了後の同年六月二日から翌平成三年一〇月八日まで赤磐郡医師会病院に通院したが、初診当時、その症状は右上肢脱力、肩こり、右指伸展障害、書字障害であり、他覚所見としては、握力右二一キロ、左四〇キロ、右上肢筋力低下、右肘以下知覚障害、右上腕三頭筋腱反射亢進、X線上で左八、九肋骨骨折、四―五、五―六頸椎間の後方骨棘が認められた。
平成三年一月当時、主訴は右中指々尖の知覚障害及び微細運動障害、書字障害であり、他覚所見として握力右三〇キロ、左四〇キロ、右手関節進展筋力、右中指進展筋力低下、右中指々尖の知覚障害が認められた。そして、右中指尖の知覚障害や手関節進展筋力低下等の症状は、今後改善見通しが困難であると診断された。
その後平成三年七月当時には、自覚症状は時々右三、四指のしびれ、箸の使用がしにくいとか、書字障害があり、他覚症状としては右二、三指の知覚障害、右上腕二頭筋力軽度低下、握力右三六キロ、左三八キロであり、これらの症状は右頸神経根五、六の根からの症状と推定され、加齢に伴うものに外傷が誘因となつて発症したものと考えられるものであつた。
そして、当時なお改善されない症状として、右二、三指の知覚障害、書字や箸の使用の障害と握力右三六キロ、左三八キロ、右上腕頭筋力低下であつた。その後平成三年一〇月八日当時は、右中指以外の症状は軽快し、右中指の巧緻運動障害が残存し、既往症としては頸椎変形性脊椎症があると診断された。
平成三年一〇月二九日当時、赤磐郡医師会病院において症状固定と診断されたが、その症状は自覚症状は頸部より右肩、右上肢への痛み、利き手の右三、四指の動きが不十分で筆で字を書くことや箸がうまく使えず、右三、四指に若干知覚障害があり、他覚症状としては右三、四指の知覚障害、右肩関節痛、右上腕三頭筋反射軽度亢進、但し病的反射なし、右三角筋、上腕二頭筋力が僅かに低下、握力右三七キロ、左四二キロであり、なおX線上で五、六頸椎間、六、七頸椎間の後方骨棘が軽度に認められた。
なお、原告は赤磐郡医師会病院に通院を始めた六月二日から同年(平成二年)一二月三〇日までの間に一九四日自賠責保険の負担で、その後翌平成三年一月三日から同年五月二七日までの間に一二二日共済保険の負担で、いずれもウチダ整骨院に通院したが、同所でも右手指の運動機能不全が認められ、手技療法、低周波療法、温熱療法等の治療を受けて、平成二年一二月末頃には手指の運動障害は概ね回復し、中指の橈骨側、尺骨側への動きがやや緩慢な程度になり、また頸や肩部の腫張、圧痛も軽減し好転しており、接骨医として症状固定と判断できる状態にあつた。
右のとおり認められ、この認定を覆す証拠はない。
以上認定した事実関係によると、原告の受傷は入院一か月を要し、また一か月半位の安静加療を要する程度のもので、肋骨骨折が癒つた後の症状の主なものは、右三、四指の知覚障害とそれによる書字や箸の使用障害の域を出ないものであり、乙第一九号証から認められる「赤磐郡医師会病院に通院を始めた平成二年六月二日当時においても、その症状は就業不能という程のものではなく、書字障害のために就く職業によつては労働が不能となることもあり得る程度のものであつた。」ことを考え併せると、原告が町長選挙に落選し、町長の任期終了後の同年六月一日以降、就職することが不能であつたとは認め難く、また労働能力に制限を受ける程の後遺障害が残存しているということも、著しく困難であるといわざるを得ない。
三 そこで、以上認定したところに従つて損害について検討してみる。
1 通院交通費
前認定のとおり、原告は平成二年六月二日から平成三年五月二七日までの間に計三一六日ウチダ接骨院に通院して治療を受けたが、弁論の全趣旨によると、その通院交通費として一日当たり三〇〇円を要し、右通院は保険会社の了解の下に始めたものであり、そして平成二年一二月末頃までに右手指の障害も軽快し好転していたもので、当時殆ど症状固定の状態にあつたと見て妨げないから、当時までの一九四日分の通院交通費が本件事故と相当因果関係にあるというべきであり、従つて次式のとおり、合計五万八二〇〇円となる。
三〇〇円×一九四日
2 休業損害
先に認定したところによると、原告は本件交通事故により受けた傷害の結果、町長としての任期を終えた後の平成二年六月一日以降も、その就業が出来ない程の症状にあつたということは出来ないし、弁論の全趣旨によると、原告は大正一二年二月二二日生まれで事故当時、既に一般に労働年齢の上限とされている満六七歳を越えていたことからすると、事務系の職業に就くことも一般に容易であつたとは認め難く、これらの事情に徴すると、原告が就職しなかつたことから、直ちに、そこに休業損害の発生を肯定することは困難であるといわざるを得ない。
3 逸失利益
先に認定したように、原告にはその労働能力を制限される程の後遺障害があるということは出来ないから、逸失利益の請求は理由がない。
4 慰謝料
先に認定した傷害の部位程度、態様、治療経過、通院期間等に徴すると、傷害による慰謝料は金一五〇万円が相当であり、また前認定のとおり、労働能力を制限される程の後遺障害があるということは出来ないものの、利き手の右三、四指の知覚障害、それに伴う書字障害や箸の使用が自由に出来ない等の残存する障害に悩み、事務系の職業に就くことも躊躇することを余儀無くされた事情等も考え併せると、後遺障害による慰謝料は一〇〇万円が相当である。
四 以上によれば、損害は合計二五五万八二〇〇円になるところ、二〇万円の損害填補があることは争いがないから、未填補損害は二三五万八二〇〇円となる。
なお、その外に治療費一〇一万七八一五円の損害填補があることも争いがないが、右損害は原告において請求していないものであるから、控除しない。
五 弁護士費用
本件事案の難易、訴訟経過、認容額等に徴すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は二五万円が相当である。
六 以上の次第で、原告の本件請求は前記未填補損害二三五万八二〇〇円と弁護士費用二五万円の合計二六〇万八二〇〇円及びこれに対する事故の日の平成二年四月一八日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 三島昱夫)